日  録 冬の足音      

 2008年11月2日(日)

 きのう木枯らし1号が吹いたという。風が強いなぁ、とは思ったが陽射しのあたたかさに錯覚して、そんなこととはつゆ知らずに過ごしてしまった。今日午後は、日の高いうちにと、下水のどぶ浚え、洗車、里芋の掘り出しを行った。前の二つは、もう何ヵ月もほったらかしにしていたもので、ことに下水は危機一髪の状態だった。水の通らなくなった区間があって、黒いヘドロはかたまり、管の断面には蜘蛛の巣がはりめぐらされていた。ひとつ手前の詰まりを取り除かねば、下水が地面に溢れかえるところであった。咄嗟の思いつき、つまり勘が冴えていた(?)、ということか。
 里芋の掘り出しは、楽しかった。背の高い茎と大きな葉に見合う、頑丈な根を掘るのには難渋したが、根元にはかわいい里芋が十数個へばりついている。早速茹でて、バターやしょう油をつけて試食した。ほっくりとした、サツマイモのような味がしたのは意外だった。

 11月4日(火)

 歯の治療が終わるのを待つ間、となりの城西大学に足を踏み入れた。おりしも学園祭(高麗祭)の最終日で、正門に続く長いけやき通りにはテントのお店がぎっしりと並び、大勢の学生らも仕込みに余念がない。生協の本屋さんでも覗こうというつもりだったが、案内所の学生に訊けば「今日はやっていませんよ」という返事であった。仕方なく、ひとつひとつのテントのお店や立て看板を眺めながら奥へ奥へと入っていった。もともと丘の上の雑木林でもあったのか、この大学は森の気配に満ちている。空気が澄んでいる。
 突き当たりの建物が図書館だったので、ふらっと入ってみた。受付カウンターで住所と名前を書くだけで、部外者も閲覧できるというのだ。書架から数冊取り出し、半分陽の当たる机に坐って、読み始めた。
 30分ほどして、真うしろでぐすんぐすんと鼻を鳴らし、ついに鼻をかむ音がした。誰ひとりいなかった閲覧室に人が来た、と思った。広い室内、よりによって真うしろ、である。音のあと、机の上から陽射しがふいに消えたと思ったら、その女子学生が立ち上がってブラインドを閉めているのだった。
 竹西寛子の『日本文学論』の中のいくつかを読もうと思った矢先に、「終わりました」という配偶者からのメールが入った。離れ際に、真うしろの女子学生を一瞥した。あどけないが、理知的な目をした子だった。もっと、じっくりと観察しておくべきだったのかも知れない。目を付けておいた「50円の大判焼き」も人がたくさん並んでいるために買わずに、構内を後にした。

 暖かい陽射しの午後、ゴムの木の鉢替えを行った。ここ一、二週間で下の葉が二枚ばかり枯れ落ちてきて、気になっていた。固まった根をほぐして、ふたまわりほど大きな、マレーシアの白い鉢に植え替えた。あまりの重さに、庭から玄関まで自転車の荷台に載せて運んだが、いつもの場所に落ち着くと、こちらの気持ちも凪いだ。

 11月9日(日)

 ヤーコンとサツマイモを収穫しようと意気込んでいたが、曇り空の寒い一日、おまけに午後になって雨がぽつりぽつりと落ちてきたので順延とした。試し堀りだけやっておこうと畑に下りて、端っこのひと苗を抜いてみると、モグラが走り抜けたらしい穴が畝の下を貫通しているではないか。根が切り取られていたり、まだ小さめのサツマイモにはかじった跡もついている。暗然とした。ホームセンターで売られているモグラ退治の“商品”をついさっき見てきたばかりで、レジにいた地元の古老から○○を土の中に埋め込むと寄ってこないよ、との忠告も聞いた。肝心の○○(野菜か野草だった気がする)を忘れ果てているほどに、対岸の火事の如くに思っていた。本掘りの結果如何では、対策を迫られることになるか。
 昨夜は、若い友人と教え子ら10数人に囲まれて「長屋門」などで飲食した。なかなか楽しい会となった。

 11月16日(日)

 サツマイモはほぼ全滅状態だった。モグラではなく野ネズミの仕業だろうということだった。土の下を縦横無尽に駆けめぐり、まだイモが小さいうちからちょこちょことかじっていたらしい。聞くところによれば、野ネズミ自体も、家ネズミよりはずいぶんと小さいという。そいつらが、わが食料、わが楽しみを横取りしてしまったのである。自然の摂理と言えば、その通りだが、例年の如く当たり前に収穫できるだろうと思っていただけに、ショックは大きかった。
 その翌日、祈るような気持ちでヤーコンを掘りにかかった。一メートル近くにも伸びた枝葉を切り落とし、硬くなった土をほぐしてから力いっぱい引っ張ると、ひとつの茎に数個のイモがくっついている。ちょっと小ぶりかな、と感じるのは、欲ばり心の錯覚だったかも知れない。ともあれ無事に収穫でき、ゆうべは今年はじめての「きんぴらヤーコン」を食べることができたのであった。

 11月27日(木)

 朝の早い時刻から冷たい雨が降り始め、すわ初雪か、と心ときめいた。昼を過ぎてもなお降り続き、気温もついに10度を越えなかったのではないか。さすがに雪にはならなかったが、確実に冬の足音が聞こえてくる。
 このところの雨の発端となった数日前の夜中、ベッドに横になった途端にモーレツな歯痛が襲ってきた。原因は分かっている。神経が飛び出すまでに亢進した虫歯の中に何か異物が入ったのである。半年くらい前にもこんな経験をした。そのなごりのように、上着のポケットには痛み止めのバファリンがいまも入っている。
 何回か歯磨きをしても痛みは去らない、眠ることもできない、で、ついに薬を飲んだ。かつては痛みも試練のひとつではないか、などと理屈をつけて、持ち歩いてはいても、薬は最終手段と思い決めていたものだが、もう、こらえ性も意地(?)もなくなっている。
 それ以来、あやうさを残しながらも、痛みはぶり返してはこない。これは幸いなことだが、「想像力」との戦いではいまだにいいアイデアが浮かばない。こういうときには、こらえ性や意地をなくしてはいけないのだろう。夜、末尾にウインクする女性の画像が付いたメールをくれた人に、推敲を重ねて返信。何かいい画はないかと探したが、この携帯では見つからず、やむなく☆を付けた。30分かかってしまったが、冬の愛しさが、忽然と湧いた。     
  
 


メインページ