日  録 稀有な年末年始?

2015年12月1日(火)

今日から師走である。新聞記事風に言えば、このホームページのアクセスカウンターが年内にも3万を越える見通しとなった。

来春で開設してから丸15年となる。この年月の正確なアクセス数などもとよりわかるはずもないが、途中からいまのカウンターをつけたので(いつかは忘れたが)“3万”というだけで感慨もひとしおである。

その年は2001年。21世紀の幕開けだった。その夜明けを迎えることができずに46歳の若さで義弟がこの世を去った。その理不尽さはHP開設をあと押ししてくれたのかも知れない。あれから15年、正月だからと浮かれる心意はなくなった。

アクセスログによれば一日平均7件程度の訪問があるだけのHPは依然遅々としているが、時の流れは異様に早いと思うのである。


2015年12月3日(木)

道路に面した二階の窓の棧(出窓ではない)にならぶ雀。昔からそうやって佇んでいるが、今朝もまたはじめて見るかのように新鮮でほほえましい。

この十年の間に雀はいくつ代替わりしたのであろうか。世代は変わってもその棧に並ぶという習慣は受け継がれてきた。朝陽を浴びて元気にさえずる彼らは仲がよい。争うな、という教えもまた引き継いでいるようにみえる。そう思いたくなるほどに地上の人間は毎日どこかで殺し合っている。


2015年12月9日(水)

幾十日ぶりにベッドのシーツを取り替えたところ裏返しだった。あわてて直したが、そのうえの毛布もどっちがどっちかわからなくなった。決め手はなんだろうとふわりふわりやっていると、上下もあやふやになってきた。

ちょっと前にパジャマの上にセーターを着て車で出かけ、いきおいでコンビニに入ったところ、セーターが裏表逆なのに気付いた。首回りからはパジャマの襟がはみ出している。二重にみっともなく感じたので何も買わずにそっと外に出た。

死んだ人に着せる装束は「左前」とされているが、土葬だったかつての田舎では「裏表」も逆だったような気がする。確信はない。そうだとしても理由は想像できない。いまどき「服裏表逆」をネットで検索すると、英語での言い回し(inside out)に続いて「何かいいことがある前兆」とされている。

しかし究極は、

「そのことばには裏がありそうで…」
「裏なんてありません。表もあやしいもんだ。」

となるのか。庭では、モクレンのわくらばがあらかた落ちて冬芽に変わっていたが、となりのカエデはいまや紅葉の盛りである。秋と冬が同居するような日にこんなことを思ったのである。心は疾うに冬?


2015年12月10日(木)

差し出され、見ると指先が縦にぱっくりと割れていた。薬指だった。その深い裂け目が白日夢に出てくる。どうしてあげれば早く直るだろう。10キロ前後の箱を持ち上げたり、指先でガムテープをはがしたりする仕事をしていると、冬は必ず指先に亀裂が走る。他人事ではないのだが、その人のそれはとても痛々しかった。

ぼくの指先は割れる寸前(指先の皮膚が潤いをなくし、ざらついて、感覚も鈍くなっている)まできているが、いま割れているのは踵である。靴の着脱のときに鋭く痛む。ただここはお風呂でよく洗ったあと薬をすり込めばいつか治るだろうが、指先,ことに主婦でもある彼女のそれはそうはいかない。冬の間中一進一退を繰り返すにちがいない。その人に成り代わったように気に病むのである。白日夢にでるのは是非のないことであった。

他人の痛みを共有する、そんな心意は恋に似ている思うがどうだろう?


2015年12月16日(水)

富良野にいる配偶者経由でアルバイト中のぼくに「ストーブがまた消えたらしいので、とりあえず電源を切って出かけるよう(娘に)伝えました」という連絡がきた。やはり、と思った。

二日前の夜突然消えた。そのときは裏面の温風空気取入口に掃除機をあてて 、しばらくあとで電源を再投入すると点火した。事なきを得たと安心したのはとんだ早合点だったのだ。

帰宅するとすぐに空気取入口のカバーを開けてみた。そこでファンの三つの羽にこびりついたホコリの塊を見て青ざめた。換気扇の回転を止めるほどの大きさであり、量であった。安全装置がはたらかなければきっと火事になっていただろうと思った。一時間ほどかけて念入りに掃除した。

かつて「あなたは文学をさぼらなかった」という一行に触れて、これは至言だと思ったものだが、他の何事もさぼるとろくなことがない。


2015年12月17日(木)

コンビニでのひとコマ。中年の女性店員は「全部こまかくなりますがいいですか?」ぼくの了解を取ってから「では大きい方から」とお札を数え始めた。もちろん9枚揃っているかどうか確認するつもりで目を凝らすが、その素早さに目が眩んだ。途中で諦め、店員に全面的な信頼を置くことにした。古典落語「時そば」の一場面をぼんやりと反芻しながら。

12月もクリスマスまであと一週間となった。刻々とこの年も終わりに近づいている。ここも、さしずめめくるめく日々であるか。


2015年12月21日(月)

片栗粉に砂糖を入れ熱湯をそそぐとゼリーのように固まる。なにもなかった昭和30年代のはじめ頃、それが貴重なおやつだったことを思い出して再現を試みた。しかし「ダマ」がいくつもできて記憶のなかのおいしさと合致しなかった。当時はなにかコツがあったのだろうか。

片栗粉とはそもなにか。グーグルで検索してみると、その名の通りユリ科のかたくりの根茎から製造していたが、自生のカタクリが減っていまはジャガイモのデンプンを使っている、という。くず餅の葛と同じ運命を辿っている。

そしていくつか項目の最後の方に、

「でんぷんかき;粉を水で溶き、熱湯を注いで糊化(こか)させた菓子。砂糖などで味付けをして食する。冷めると液状に戻る。」

「水溶き片栗粉;多くの中華料理とろみつけに多用される。デンプンは加熱により糊化するため、調理中の熱い料理に直接片栗粉を加えると、すぐに糊化してダマになる。そのためいったん熱くない水に溶かしてから加える必要がある。」

などとある。すると、まず水で溶かさねばならないということか。ちょっと目から鱗かも知れない。それにしても検索でヒットした「片栗粉のレシピ178007品」 にはビックリした。紫のカタクリの花が変幻自在なモノに思えてきた。



夕方近くなって川越に向かった。ほとんど衝動的なものだったが、目的はふたつあった。「札の辻」で抹茶を点てて出しているというカフェ(長峰園の「和芳庵」)を偵察することと、その情報を教えてくれた蔵造りの堂々としたかまえの「フカゼン」(深善美術表具店)に立ち寄ってみることだった。

ここは、日本画の掛け軸、色紙などの並んだお店の一角に「心呂(こころ)」というバームクーヘン専門店を最近併設したという。そこにも抹茶バームクーヘンが売られているらしいので、ついでに拝見しておこうと思ったのである。

ここはSNSで知り合った歌人であるTさんのお店である。そのうちにお訪ねします、など言いながら3、4年が経っている。唐突だったが、もしかしたら逢えるかも知れないとときめいた。

Tさんには逢えなかったが店にいたご主人とは話すことができた。その上、美濃和紙のカレンダーをもらった。大感激だった。


2015年12月26日(土)

代引き荷物の再配達と置き薬の年末清算を、ともに休日となる今日の午前中に指定しておいた。7時前に起きてからいまかいまかと待つうちにくたびれはてて、かねて気になっていた玄関のカギの修繕に取り掛かる。内側のノブがぐらぐらとしてきたのだった。おそらく丸座(ケース)のなかの座板を留めているビスがゆるんでいるものと思われた。丸座は左に回せば外れるはずだが固いわ滑るわでうまくいかない。

悪戦苦闘するうちに時刻は12時近くなっていた。そのとき配達人が荷物を持ってきた。「午前中と指定していただいたのに、こんなにぎりぎりになって本当に申し訳ございませんです、はい」(多少脚色あり)と丁重すぎるほどの謝り方だった。こちらにそんなつもりは微塵もないのに、カギのことでの不調が顔に出ていたのだろうか。

さてカギである。丸座に小さな穴があったので、そこに針金を差し込んで引っ張ってみた。かなりの力でやっと回り始めた。ゆるんでいたビスを締め直して、一件落着。置き薬はその直後にやってきた。

午後は本屋もあるモールまで。途中もうひとつの用事(買い物)も済ませて家に戻った。野間宏と沖浦和光の対談集『日本の聖と賤』(河出文庫、底本は1985年刊)と佐伯一麦さんの『還れぬ家』(新潮文庫)を食卓にならべて、これで有意義な時間が過ごせるとほくそ笑んだ。

本当ならば一年を振り返るときなのに、一日を時間軸に沿って書いてみた。小学生の日記みたいになったが、この変哲のなさ(ゆるゆるからはじまり反省と希望で終わる)はここ何年かの自身の「回顧」とよく似ているようだ。


2015年12月31日(木)

いよいよ大晦日である。4日前の日曜日、帰りがけに車のヘッドランプが消えていることに気付いた。自宅近くまでそのまま走り、自動車専門店の駐車場にとめた。すると走行中ずっと消えていたはずのランプが点いている。電球が切れたわけではないのかなぁ? と訝りつつ点検ならびに取り替えを依頼した。30分後、整備士の回答は「揺すったり、叩いてみたりしたら点きましたので交換はしませんでした」というものだった。

翌日、やはり片方が点かなかったので降りてランプのカバーを叩いてみた。すると点くのである。走っている途中に消えることもなかった。次の日も、その次の日も、そして今日もそうやって帰路の運転をしてきた。叩くと点くなんて、乙なものである。昔々のラジオもテレビもそんな風だった気がしてきた。

ことしは暦の廻り合わせで、ランプが消えたあの日から8日間仕事が続くことになった。次の休日まであと3日。ランプとちがって、叩かなくともからだはちゃんと言うことを聞いてくれる。そんな稀有な年末年始であります。

一年間ご愛読ありがとうございました。みなさん、どうかよいお年をお迎えください。


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