日  録  交番へ、拾得届

2022年7月1日(金)

 この日も暑い一日となった。午前7時にして気温は29℃という。じっとしていても汗がだらだら出てくる。休みの一日。仕事をしている方がずっと快適である。朝からしたことを思い出そうとしても明確な像を結ばない。歯医者に娘を送り届けたあと、いつもの商業施設内のスーパーへ。買い物を済ませると早々に帰宅。それが昼すぎのことで、家のなかはさらに暑い感じがした。

 同じく今日は40度を超えるかも知れないと予報されている名古屋の友にお見舞いメール。こちらもお見舞いされたいくらいなので文章もしどろもどろとなった。夕方髪を切りに行った。シャワーを浴びて頭のまわりは多少涼しくなった。夜半を過ぎると、クーラーが急に効きだしたのか、眠るにはちょうどよくなった。カープは勝った。

2022年7月5日(火)

 今日から明日にかけてこの地でも雨が降るという。さっき温帯低気圧に変わった台風4号が雨雲をおし込んでくれるようだ。米に野菜に、そして猛暑に、まさに慈雨と言うべきだが、ところによっては被害をもたらす雨だから素直には喜べない。


 M大付属歯科病院にて奥歯の入れ歯を作るための二度目の型取りを行った。若くて優しい声の医師は作業に入る前に「これからいちばんの難所に向かいます。多少手荒いですが我慢してください」と言い、「最大の山場を無事終えることができました。おつかれ様です。」と言った。2週間毎の予約をもらい3回目の8月下旬には新しい入れ歯が完成するらしい。

 4年前に作ってもらった入れ歯はついに使わず仕舞いに終わる。何度か装着はしたがものを食べるときは外していたから用を成していない。いまの先生にもういちど作ってもらおうと思うのはこれまでの治療の経緯がからだにフイットしているからだ。実用に供するというよりは賭けみたいなものである。自分のからだ、殊に歯となればいよいよ不可解。


2022年7月6日(水)

 fbで山崎哲氏が勧めていた韓国映画『アトリエの春、昼下がりの裸婦』をU-Nextで観た。シリアスなとてもいい映画だった。そう、映画の純文学、と言えそう。そんな感じを持つのは、ベトナム戦争という時代背景が利いているからだろう。韓国はこの戦争に人も物も投入していた。荒んだ世情の、悲しい結末だが、彫刻家とモデルの純心な若い婦人の絆に救われた。それにしてもこの邦題はなんとかならなかったのか。原題に近い『春』または『晩い春』でよかったのに。


2022年7月8日(金)

 期日前(不在者)投票に。「ホテルはリバーサイド、食事もリバーサイド」という歌詞が脳内でリフレインしている。それをもじれば「選挙区は共産党、比例はれいわ」。

 投票を済ませたあとに公報を手にして大きな失敗に気付いた。比例区の社民党の候補に秋葉忠利の名前があるではないか。しかも孤軍奮闘の感がなくもない福島瑞穂の党である。これに一票を投じておくべきだった。激しく後悔した。取り消し、再投票、なんてことはできないだろうなぁ。もじったりしなきゃよかった。


2022年7月10日(日)
 
 スマホを持つようになって約10ヵ月、初めて家に忘れて仕事に出かけた。fbもTwitterも覗けない。ニュースも野球の途中経過もわからない。腕時計をしていないので正確な時刻すら確かめられない。つまり退屈凌ぎができない。

 それらはすぐに慣れていったが、なによりも悔しかったのは歩数計のことである。仕事中今日はよく歩いた。いつもは八千を少し超える程度だが、ひょっとすると一万歩を超えたかも知れない。携帯していないことにはっと気付いて悔しかった。滅多にない(極私的?)記念日なのに記録に残せないなんて。


2022年7月12日(火)

  いまにも降り出しそうだったが、明るいうちには降らず、夜8時過ぎになって豪雨が襲ってきた。近隣の町や市では「記録的短時間大雨」となった。大雨や洪水の警報が出た。鳩山町は黒く塗りつぶされている。

 激しい雨音は久々のことであった。雷も鳴った。そうか、こんな調子で1時間も降り続いたら、恐怖だなぁ。ひと雨欲しいね、などのレベルではない。気まぐれなのは、自然か、それとも人か。 


2022年7月14日(木)
 
 シャワー中、耳の中に水が入ったようだ。自分の声がウォーンとエコーのように聞こえるので甚だ異和感がある。小さい頃川で泳いでいるとき、とりわけ潜ったとき、よくこんな風になったのを思い出した。頭を傾け、片足でケンケンをして水を追い出そうとしたものだ。
 
 その頃はインターネットなどなかったがいまは違う。「耳に水が入ったときの対処法」で検索すると耳鼻科のお医者さんのアドバイスがすっと出る。大意、「無理に出そうとしないでください。外耳を傷つけてしまいます。水の入ったあたりは生きたからだの中、いわば温室です。20〜30分も経てば蒸発してしまいます。気持ち悪さはちょっと我慢してください。」とある。

 忠告通りそのままにしておくと耳の中のわだかまりは徐々に消えていった。正常に戻るまでに2〜3時間近くかかったのはお医者さんの但し書きによれば「耳垢に水が吸い込まれた」せいかも知れない。「1日経っても直らなければ病院へ」とはならなかった。

 それにしてもネットは万能過ぎる。昔々は陽に焼けた河原の石、それも平べったいやつをこだまの響く耳に押し当ててケンケンしたものである。いま思えば熱い石は「温室」の温度を高めるためだったのか。人から人へと受け継がれてきた知恵であったのだろう。根拠などは知る必要もなく、言われるままに、真似ていた。無邪気なものだった。

2022年7月15日(金)

 岸田は何を血迷ったのか国葬にするなどと言い出した。政治家や政党の誰も反対しないのが不思議だったが、やっと共産党の委員長が談話を発表した。志位委員長はいいことを言っている。

「国民の中で評価が大きく分かれている安倍氏の政治的立場や政治姿勢を国家として全面的に公認し、賛美・礼賛することになるので国葬に反対」「政治的立場を異にしていても、亡くなった方に対して礼儀を尽くすのがわが党の立場だ」。ただ、国葬は国民に弔意を強制することにつながると懸念を示し、「弔意は内心の自由にかかわる問題で国家が弔意を求めたり、弔意を事実上強制したりすることはあってはならない」との談話である。

 安倍の政治を振り返ればなにひとついいことはない。モリ・カケ・サクラ、アベノマスクに代表される、知性のない政治だった。お友達や大企業は利権をむさぼりふところを潤しただろうがそのつけはすべて国民に回ってきたではないのか。菅も似たり寄ったり。岸田はちょっとちがうと思っていたが、同じ穴の狢だった。げんなりである。腹立たしい。


2022年7月19日(火)

 玄関先のポットの中で、色とりどりの花を咲かせ、その数が日ごとに増え、咲き誇り、朝一番外に出るとなんか嬉しい気持ちになる、その花の名前がわかった。生協で苗を求めたというので購入履歴を2、3ヵ月遡って突き止めた。

《ポーチュラカは、シャモジ形で多肉質の葉と茎をもち、暑さや乾燥に非常に強い植物です。地表を覆うように育ち、ハナスベリヒユとも呼ばれています。ポーチュラカにはタネがつきにくい品種が多く、さし木でふやされた苗が出回っています。
 また、日光を好み、日当たりの悪い場所や天候のよくない日は花が咲きません。もともと、朝咲いた花は午後にはしおれてしまう性質でしたが、近年、夕方まで咲き続ける品種が多く出回るようになりました。》

 夕方家に帰る頃には花びらを剣先のように折り畳んでしぼんでいるので、この花は陽光が好きな、昔ながらの品種であるようだ。明日の朝晴れるといいなぁ、と祈りながら家の中に入る。


2022年7月22日(金)

 わが友にメールをしようかと夕べからずっと考えていた。4月以来3ヵ月ぶりになるはずである。朝になって出だしは浮かんだがパソコンの前に坐るまでに至らない。

 食事の前に習慣の如く体温を計ると36.7度ある。いつもより1度前後高い。頭が痛く声も掠れていたので午前3時頃葛根湯を飲んだ。それでからだのなかが火照っているのかも知れない。時間を措いてもう一度計ると0.2度下がっていた。一安心してメールの続きを思案する。古川真人「ギフトライフ」400枚(『新潮』7月号)がなかなか読み終わらない。こんなことも話題のひとつになるかも知れない。

 あるいは「老いることは目標から遠く離れることか」という感慨を綴ることも考えられる。動きが鈍り、覇気が消え、時の移り変わりに無頓着になってしまう。そんな老いの現実に勝つにはどうすればいいのか。聡明なわが友は知っているかもしれない。明日にはきっとメールしよう。
 

2022年7月25日(月)

 おととい、ひょんなことから交番へ行くことになった。朝アルバイト仲間の女性がバス停付近で診察券と入館証の2枚のカードを拾った。最年長のぼくにどうしたらいいかと相談してきた。はじめ入館証から勤務先を突きとめようとしたが、それらしき近くの会社に電話すると「そんな人はいません」という返事だった。病院に届けて、そこから本人に渡してもらうのがいいか、とも考えたが、帰り道沿いに交番があることを思い出したのであった。

 交番には若い警官がいて、拾得届を書くことになった。「本当は同僚の女性が拾ったのですが、ぼくが拾ったことにします」と断って住所と名前と年齢、電話番号を書いた。その下にはアンケートのような項目がいくつか並んでいた。

「御礼を受け取りますか」「受け取りません」「落とした人が現れて拾った人の名前を知りたいと言ったとき教えてもいいですか」「名前と電話番号だけなら」他にもあったように思うが忘れた。最後の質問は「落とし主がみつかったとき、交番からその旨の電話を希望しますか」というものだった。これには飛びついて「希望する」に○を付けた。結末を知りたいがためである。

 警官は時々「旦那さんは……」と呼びかけた。拾った女性を女房と勘違いしているのかと訝った。そんな風に思わせることを言ったか?よほど親しくないと代わりには来ないと思ったのか? 「旦那」には異和感があったが、1日ほど経って考えてみると「旦那」は警察用語ではないかと思い至った。「旦那の言い分はよくわかりやすよ。しかし」あるいは「旦那、正直に言いましょうよ、隠し事はいけません」刑事ドラマでそんな台詞を聞いたような気がする。コンビニで「ちょっとそこのお父さん、これが美味いのよ」と呼びかけられるようなものだ。いや逆かな? 容疑をもたれてる男が刑事に向かって「旦那もなかなかえぐいね」とか。

 以上は完全な空想だが、旦那と勘違いされたことは伏せたまま拾った女性に顛末を報告すると「ありがとうございました。こんどは金目のものを拾いますね(笑)」 と返事が来た。「それだと、もっと時間がかかったかも知れないので、勘弁して欲しい。」の意を込めて哄笑的なスタンプを送信した。


2022年7月28日(木)

 シャツを捲って肘をみせ、虫に刺されたみたいだけど腫れてる? 突き出た骨を指でなぞってみると、吸い込まれ包み込まれていくような肌であった。真白い肌である。思いがけないものを見、触りさえした。どう? 痒いんですが。 と催促してくるがもはや虫どころではない。この肌触りはなつかしい。記憶を喚起する大きなきっかけになるのだろう。


2022年7月29日(金)

 11時過ぎから13時にかけて外出した。車の中も外も、とにかく暑い。近辺は最高温度35度前後と気象庁は発表しているが、体感ではもっともっと高い。途中で飲み物を補給し、家に戻ってすぐにかき氷を食べた。やっとからだが沈静化した。




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