日  録 孫の、初デイズニー  

2022年9月2日(金)

 集団接種会場として追加された近くの病院で4回目のワクチンを受けてきた。迷ったが身近な知人らはけっこう受けている、または受けようとしていることがわかった。こちらも中旬に息子夫婦が孫を連れてやってくるので予防も怠りなくと考えたのである。

 副反応を心配する娘はふたり同時に受けることは愚の骨頂、みたいな言い方をするので、それもそうだと思うが、少なくとも父は筋肉痛以外の副反応はない自信がある、と強弁した。これも根拠のない過信だと一蹴されたが。

 広い駐車場に設けられた臨時の接種会場には観光バスが3台停まっていた。送迎もやるのかと思ったが、接種のあとの15分間の待機場所だった。市役所職員も看護師も医師も車の誘導に当たる人もみんなテキパキして気持ちのよい接種会場だった。


2022年9月4日(日)

 副反応について。ぼくは接種箇所の筋肉が直後から約一日痛かっただけに終わったが配偶者は20時間後に8度5分の熱を出した。前回も身体がだるいと言って約半日ほど寝ていた。そのときは熱を計らなかったようだが発熱していたのか知れない。筋肉が痛いのなんてものは打ち身と同じでからだ内部を変えはしまい。それに比べれば発熱は身体のたたかいの様を彷彿させる。抗体を作るために全身が働いている。ぼくより3つ年上だが、配偶者の方がよほどアクティブと言わねばならない。


2022年9月6日(火)


 歯科病院に急いでいる途中「一時停止違反」で反則切符を切られた。赤色灯を回しながら付いてくるパトカーがあるので止まった。

「何か?」
「左折して、すぐに右折しましたね、はじめの左折時、徐行して右左を確認する様子はわかりましたが、完全に停まっていませんでした」

元農道の裏道である。こんな所にも「止まれ」の赤い標識がある、なぜだろうと常々疑問に思っていた交差点である。自信があったので一応抗議してみた。

「証拠はありますか?」
「それは現場の警察官の視認です」
「どこで見張っていたの?」
「あの左手です」

 交通安全のための取り締まりではない。待ち伏せめいている。おとり捜査とも言える。あの交差点は1時間に5、6台しか通らないからである。若い巡査部長、反則金の納付期限を書きまちがえて、急ぐぼくをさらに10分待たせた。初めてのカモに浮き足立っていたのかも知れない。ま、どんなに嫌味を言っても負けは負けだった。

2022年9月9日(金)

 一ヵ月くらい前から左の首を下から上に向けてピリピリと電流が走るようになった。いつもではなくときおり思い出したようにジンジンと唸る。痛みは大きくはないが擬音語としてはどちらも合っている。SAPHO症候群のなせる「いたずら」であろうと思うが、気持ちのよいものではない。

 発祥の地とも言える鎖骨・胸骨のあたりを眺めてみると腫れるか、飛び出すか、何らかの前兆を感じる。「生命をおびやかすことはほとんどありません」と医師のお墨付きをもらっていても、なぜこんな風になるか、つまり理由が知りたいものである。しかしこれは原因不明の難病とされているだけに、対処療法で完治したあとではじめてわかるケースもあるという。そもそもすぐにはなおらない。いよいよわからなくなる。からだの噴火を待つ気分だ。


2022年9月13日(火)

 ゴダールが91歳で亡くなったという。何度も見たいと思わせ、事実何度も見たのは『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』である。U-Nextで検索してみると両方とも入っていたのでマイリストに加えておいた。いつかもう一度見みるぞと思った。ジャン・ピエール・レオの顔がいまも浮かんでくる『中国女』はここでは配信していなかった。


2022年9月15日(木)

 こんど逢うときにはきっと……、ある女性とそう言い合って別れたことを不意に思い出した。40年近く前のことだからお互いにずいぶん若かった。以来手紙などのやりとりは数回あったが実際逢うことはなかった。おそらくこれからもないだろう。

 これは当時としてはタブー一歩手前の表現だった、と思う。もっと親しくなり、もっと深く知り合うことを望んでいるときそう言った。いまとなれば本当にそうしようと思っていたのか怪しいものである。さらにその15年も前、10代の頃ならば「あしたまたね、元気に逢おうね」と明るく手を振り合っていただろう。人間は、いやぼくだけかも知れないが、どんどん堕落する。清純なままに歳をとることはできないのである。『逢うと寝るとのラプソディー』、ものにはならんか。


2022年9月18日(日) 

 AYAちゃん。初デイズニーおめでとう。正門をくぐって、少し緊張しながら歩む動画を見て思わず拍手を送ったよ。16日に遠路はるばる、おじいちゃんおばあちゃんに顔を見せるために来てくれ、たくさん話し、遊んでくれましたが、そのせいかきのうは8度6分の熱を出してしまいました。24時間以内に下げなければならない熱でした。みんなやきもきしましたが、朝には平熱に戻っていたのでした。

 今朝雨の中を見送ってから1時間半後の動画でした。堂々と正面のアーケードに向かっています。背筋はピンと伸びています。どこか得意げにも感じられます。ともだちの中では2番目のディズニー訪問だそうです。叶えてあげなければならない、と爺は天にも祈る気持ちだったのですよ。よかった、よかった。

 入場直後に雨に見舞われる様子も送られてきました。雨の中だろうと、ディズニー体験の愉しみが減殺されることはないと思います。とはいえこの大型台風のせいで帰るのが2日遅れてしまうのですね。きのうは発熱のために連休中の宿題ができなかったけど、空港近くのホテルでガンバってください。好きな科目はなに? と聞けば図工と答えてくれました。絵心のない爺には教えられない科目ですが、それだけに嬉しいね。また逢おうね。


2022年9月20日(火)

 5連休の最後はK病院。予約時間の20分前には採血も終え待合室で待っていた。呼ばれたのは1時間40分後である。その間連城三紀彦の『恋文・私の叔父さん』(新潮文庫版)を読み終えることができたので今回は意義があった。診察は5分程度で終わったが、思い切って近々ドラッグストアで買うつもりだった「葛根湯」をねだってみた。すると先生は「風邪を引きそうだなぁ、とか、背筋がゾクゾクするなぁ、という時に飲むといいんだね。完全に効くかどうかは人によりけりだけど、よく飲むの? そう。じゃ、一日3回7日分出しておきましょう」案外簡単に処方してくれた。

 近くの薬局では、入ったときには先客がふたりいたがすぐに呼ばれて消え、ひとりぼっちで長い時間を待った。そのうち次々と病院から人が流れてきてほぼ満員状態となった。あとから来た人は呼ばれるがぼくは呼ばれない。理由はわかっているから気長に待つしかなかった。なにしろ98日分である。そのうち1日3回服用のビオチンは名前入りの分包にしてくれる。頭の中で計算すると294包となり、なまなかな作業ではないと思われる。

 というわけでさらに1時間、中くらいのビニール袋にパンパンに詰め込んだクスりを手にやっと薬局を後にした。この瞬間から家に戻るまでが一番気分が落ち込むときである。この量の薬を毎日3回飲み続ける人生は楽じゃない、と思うからだ。もっとも、袋のなかの80%はハイシーとビオチンという「ビタミン剤」であり、厳密な意味では薬ではない。そうやって自分を慰める。


2022年9月23日(金)

 秋分の日。この言葉は長く使ったことがない。暑さ寒さも彼岸までなどと言うが、春とちがって季節自体が「まだ暑い夏を」とどめているせいだろうか、秋はまだまだと思ってしまう。おはぎを食べたいとも思わない。

 U-NEXTのラインアップから『男はつらいよ お帰り 寅さん』を観てしまった。マイリストには『遠雷』『サード』『勝手にしやがれ』などの作品が犇めいているがそれらを差し置いて50作目にして最終作のこれを選んでいた。これまでシリーズの三分の二以上は観ている身にはとても面白い映画だった。シナリオの巧みに乗せられいったが、個人的には「ゴクミこと後藤久美子」との再会が大収穫だった。こっそり歳を調べてみると48歳という。映画でもいい味を出していた。秋分の日っていいなぁ。


2022年9月27日(火)

 部分入れ歯の調整のために歯科病院へ。「痛いところはないですか」と聞かれるので「全然ありません」。歯茎を調べながら先生は「キレイです。傷はないですね」。できてからの、この3週間、付けて食べることは一度もなかったし、付けていた時間は延べ10時間にも満たない。こちらにはそんな疚しさがあるので「ピタリと装着するのですがなかなか……モノが噛みづらいのです」と弁解じみた言い訳をする。

「入れ歯というのは自分の歯の半分の力も出ないのです。慣れるのに一ヵ月かかります」とアドバイスをくれるが、それしも、毎日のように付けていての話だろう。

装着はピッタリというのは本当のことだった。ていねいな仕事ぶりの先生だから、もう一度作ってもらおうと賭けてみたのだった。先生は依然完璧である。非は横着な自分にある。付けなくても噛めるのもいけない。「異和感が取れないようでしたら、こんど橋渡しのプラスチック(上あご部分)をもっと削ってみましょう」と新しい提案をしてくれた。一条の光明を忘れない先生はやはり優しい。その日まであと2週間、もっと長い時間付けて慣れようと思う。



烏滸(おこ)なる「国葬」が強行された。


2022年9月28日(水)

 年が明ければ74歳になる身で「一日8時間週5日」の仕事を続けている。きのう、向こう半年間の契約書類を見て時給が30円上がっていることを発見した。数年前7、8年ぶりに改定されやっと大台に乗る、とみなのためにも喜んでいると、ぼくひとりだけ蚊帳の外だった。当時の所属長は「社内の決まりがあって70越えると昇給が難しいのです。かなり粘ってみたのですが」と謝ってくれた。それからは元気に働けるだけで御の字だろうと納得してきたのだった。

 今回「人事を説得するのは大変だったんではないですか」と聞いてみると「うん、ガンバってくれているので、ねばってみた。健康診断、早く受けてください」。金額の多寡にかかわらず上がることは嬉しいことである。敢えて内々のことを書いてみる気になった所以である。


2022年9月29日(木)

 朝アルバイト先に向けて車を走らせていると新開交差点のはるか手前から車の流れがほぼ止まってしまった。ここはいつも少しは渋滞する交差点だが今朝はまだ1キロ以上先である。事故か工事か、何かあったと思われるが、対向車線は順調に流れているのでをすれちがう車に聞くこともできない。

 つまり起点に辿り着くまで理由がわからない。そしてこういう場面ではこのまま渋滞を凌ぎきって原因を突きとめておきたい誘惑に駆られるのである。謎を解明する探偵の心理に似ているだろう。

 30分遅れで新開に辿り着くと二車線の左側、停止線のすぐ手前に一台の軽自動車が停まっている。運転者らしき男は路肩に座り込んで携帯電話を耳に当てている。後続車がこの一台を避けて右車線に移動するので時間が滞る。原因は故障車(らしい)であるとわかったが、なぜ故障したのかまではわからない。しかし一応「納得」して、ぎりぎり出勤時間に間に合ったのである。

 1時間後同じ道を通ってきた同僚の話によれば、その渋滞は交差点から3キロもある国道にまで達していたという。たった一台、畏るべき脆弱性か。


2022年9月30日(金)

 今日で9月が終わる。かつて毎年のように思い出してきた「もう10月か」という啄木の感慨。ここ数年は実感うすく書き留めることもしなかったが、今年はちがうようだ。やはり時の流れは速い。それにしても啄木の出身地北海道で真夏日というのはどうしたことか。



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