日 録
2026年1月1日(木)
あけましておめでとうございます。ことしもご厚誼のほどよろしくお願いします。
昨日は高校サッカー選手権「広島皆実対水口」の試合をインターネット中継で観戦した。3対1でわが母校水口は勝った。29年ぶりの出場、3回戦進出は38年ぶりらしい。広島皆実は3年ぶりの出場、1回戦突破も8年ぶりというが、「古豪」である。すると水口は「古々豪」と言えるか。
大学に入って自己紹介するとき「ここ広島はサッカー王国と言われていますがぼくの出た高校もサッカーが強いのです」と言った記憶がある。広島皆実高校のそばに住んだこともある。個人的には因縁めいた試合だったが、水口の攻撃は切れ目がなく強さは本物だと感じた。旋風が巻き起こるかも知れない。広島皆実はシュートが逸れたり弾かれたりやや不運なところがあって気の毒だった。水口は明2日前回優勝の「最強豪」神村学園と対戦するようである。
2025年12月31日(水)
蕾の侘助を一輪とってゴムの枝と一緒に水に差しておいたところあっという間に花が開いた。「お茶席に持っていくのはひらく寸前の蕾です。この見極めが実にむつかしい。」豊美園の御大の言葉を思い出した。2025年も最終日になりました。水を吸って花開くのは植物だけではなく、裸虫と言われる人間も同じと思われます。もっと光を、もっと水を、という心境で新しい年を迎えたいものです。
一年間ご愛読ありがとうございました。2026年も引き続きよろしくお付き合いのほどお願いします。新作があと少しで出来上がります。乞、ご期待!
2025年12月23日(火)
となりのTさんがゆずの実を何個もくれたので一日遅れながらゆず湯に入った。最近は仕事帰りにひとっ風呂浴びてビールをグイっと、などとはほど遠く、家に帰りつくと同時に寒さに震えながらからだをシャワーで洗い流してきた。久しぶりに湯船につかりながらかたいゆずの実をもてあそんでいるとやはりいいものだと思えてきた。
夕食を済ませたあと『赤い高粱(下)』をベッドに横たわって読んでいるといつしか眠りに落ちていった。夢の中に田舎の雪景色が出てきた。雪が積もった畦道を自転車で移動した。実家を出て左に折れ、数百メートル先の幼馴染の家に辿り着いた。建物から少し離れた大きな木のそばに自転車を停めた。続いてまた同じ道を自転車に乗っている。雪道もすいすいと走れるようになっている。止めておくところをこんどは幼馴染のとなりにある母の実家の庭にした。ここなら朝になって叔父か叔母が気付いても大丈夫となぜか納得して家に戻った。雪道を自転車で走る、同じシーンが二回も現れるなんて、どんな夢判断ができるのか。
2025年12月19日(金)
18日夕刻帰宅のために車に乗り込むとすぐに携帯電話が鳴った。熊本のA君からだった。熊本で司法書士として活躍していたY君が昨17日の夜に亡くなったことを知らせてくれた。A君はここ5、6年のY君の様子を語った。それによると10年前の熊本地震の折にはボランティアとして罹災者の法律相談に臨むなど精力的だったが、病を得てからは不本意な日々を送っていたようである。老人ホームでその日ばかりは弟や妹など親族のいない間に亡くなっていたという。50数年前の学生時代のY君を改めて思い出すことになった。一途な心と心穏やかな魂を合わせ持つ好漢だった。
A君は職を退いたあと故郷の熊本に帰り、同じ学部の先輩だったY君と交流を深めていた。ぼくとY君は同じ学科に属していたのでよく知っている。A君は薫風寮で一年間同室で過ごした友人だが学年はひとつ下なのでぼくのことをいまだに先輩と呼ぶ。「先輩もお体を大事にしてください」と労わってくれるので「高麗神社は家のすぐそばなんだよ。是非来てよ。そのときは送迎役をするから」と言った。
※
いまや電報の打ち方がわからないので営業開始時間を待ちかねて近くの郵便局を訪れた。「弔電を打ちたいのですが」と窓口の女性に訊くと「レタックスですね」と応えてくれる。ファクスで文章を送り、指定した台紙に挟んで配達してくれるというシステムである。文字を書き込むファクス用紙を渡され「ひな形の文章ならいくつかありますがそうでなければこの枠内に文章を書いてきてもらう必要があります」。弔電用台紙も見せてくれたが料金はピンキリである。無難なところに目星をつけ、清書用にもう一枚ファクス用紙をもらって帰った。
《弔電》
学生の日々をともに過ごした〇〇〇君の訃報に接し茫然としています。その後も学生時代と変わらない一途な心と心優しい精神をつらぬき、十年前の熊本地震のときにはボランティアとしてみなさんの法律相談に臨まれたていたと聞いております。あの頃の穏やかな笑顔がつい昨日のことのように思い出されます。われらの心の中にあなたはずっと生き続けていきます。ありがとう。
わが身には初めての経験だったが同級生に先立たれるのは身に堪える。
2025年12月9日(火)
寒い夜空に満月に近い月が皓々と輝いている。地上では北風が吹きすさぶ。毎日この冬一番の寒さですなどと予報されるが日中は20℃近くにもなって暖かい。
一か月近くに及んだ肩の関節痛が数日前にやっと終息したと思ったら、今日病院で左の心臓に聴診器を当てるなりお医者さんは「心臓弁膜症みたいな鼓動が聞こえます。」というのだった。「BNPの値が大きいので心エコーをとりましょう。」となった。
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)というのは「心臓の主に心室から分泌されるホルモンの一つ。心臓に過度な負荷がかかると、心筋細胞からBNPが血液中に放出され、体内の水分やナトリウムの排出を促すと同時に、血管を拡張し血圧を下げる効果を発揮します。これにより、心臓への負担を軽減する働きを担います。」というものらしい。つまりこの値が大きいということは「心臓に過度の負荷がかかっている」ということである。
この値の推移をあとで検査表から拾い出してみると3月から3か月ごとに「830→849→1453→894」(基準値は「0.0〜18.4」)となっていた。診察中お医者さんも9月よりも大きく下がっていることに気付いたようである。「自覚症状はないんですよね。薬が効いているのかな」といった。なんの薬のことかこのときのぼくにはわからなかった。
「心エコー、痛くないですから」といわれ思わず苦笑する。この一年くらいの間に一度とったことがある。そのとき心臓の肥大を指摘されたような気がする。それで利尿作用のある薬が出されたのだったかも知れない。お医者さんはそのことを言ったのだとすればやはり名医である。心エコー、2月に予約を入れてもらったが、こんどはどうなるか。からだというものはつくづく厄介なものであると思う。
もう一題。一日3回飲むことになっているビタミンCとビタミンHが20日分ほど残っているので今回その分を減らしてもらった。なのに薬局で払うお金が3か月前よりも2000円程増えている。驚いて薬剤師の人に言うといろいろ調べてくれた。その結果「患者一部負担金」が前回よりも3000円程増えていることがわかった。これはこの3か月の間に主に後期高齢者に関わる「制度の変更」があったせいだということで納得した。どんな変更か? もちろんわからない。世の中は厄介ごとで溢れかえっていると感じるのみだ。
2025年12月2日(火)
いよいよ師走である。昨日も今日もあたたかい一日だった。日中は10月中旬頃の気温だという。玄関前においてある龍眼の鉢植えもなかなか冬の衣装を着せることができない。生まれも育ちも南洋だからこの樹木には高い気温は嬉しいにちがいないが四季に育ってきたこちらは気温の高低差に戸惑うばかりである。
莫言の『赤い高粱』(上)をやっと読み終えた。映画『紅いコーリャン』では主人公が高粱畑に侵入する日本軍(邦訳「鬼子」)を村民の先頭に立って退ける場面で終わるものの、全編に通底するのは田舎の風習を打ち破ってたくましく生きる男と女であるように思われる。しかし、映画とちがって原作はもっとどろどろしく、もっとたくましく、祖父母にあたる主人公の生きざまを「私」の語りで描いている。半世紀におよぶ壮大な叙事詩である。
首相が高市早苗に変わってからきな臭いかつての日本が甦ってくるようで素直に「物語」を楽しめない。としてもここから逃げることはできない。続けて下巻を読もう。どこにも流行りの兆しはなかったのに流行語大賞? 歪んだ笑顔は見るに堪えない。